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太古の昔、白川郷に恐竜がいた!?

最終更新日:2012年10月31日

1989(平成元)年8月、白川郷の白川の谷で恐竜の足印化石が発見されました。恐竜の種類は確定できませんが、鳥盤目鳥脚類であるイグアノドンの仲間である可能性が高いといわれています。

イグアノドンのイメージ図(by Steveoc 86、『Wikipedia』より)
 ▲ イグアノドンのイメージ図(by Steveoc 86、『Wikipedia』より)。

恐竜は中生代(ジュラ紀末から白亜紀前期)に栄え、その末期、いまからおよそ6500万年前に絶滅したと推定されています。中生代の地層は日本でも各地に分布しており、各種の大型爬虫類(恐竜)の化石が発見されています。岩手県岩泉町のモシリュウ、福島県広野町のフタバリュウ・ヒロノリュウ、同県いわき市のヒサノハマリュウ、群馬県中里町のサンチュウリュウ、熊本県御船町のミフネリュウなどがよく知られています。

そして、1985(昭和60)年に石川県白峰村で恐竜の化石が発見されて以来、白山周辺などでも多くの恐竜化石が発見されてきました。石川県白峰村以外では福井県勝山市・和泉村、岐阜県白川村・荘川村が主な発見地です。白川村での足印化石発見の少し前、1988(昭和63)年には荘川村でヒプシロホドン科と鑑定された恐竜の歯と卵殻が見つかっています。

このように、恐竜化石が相次いで発見された北陸から岐阜県北部にかけては、恐竜化石のメッカといわれるようになった中生代の手取層群が分布しています。手取層群とは、ジュラ紀には入り江のようだった海が陸に閉ざされ湖となった手取湖の時代の地層を指しているため、そう呼ばれます。白川村となる土地もそのころはこの手取湖の湖底に沈んでいました。そして、その上に数百メートルにおよぶ泥・砂・礫が堆積していったのです。

手取層の分布(新編白川村史より)
 ▲ 手取層の分布図。図の黒い部分が手取層で、白山周辺、勝山周辺、古川周辺、神岡から富山周辺にみられる(『新編白川村史』より)。

やがて湖も消滅し地層として手取層がのこされますが、この層には大陸起源とされるオーソコーツァイト(正珪岩)の円礫が含まれており、恐竜がこの地を跋扈していたと想像される1億5000年ほど前には、白川村を含む飛騨帯は東アジアを形成する大陸の一部であったと考えられます。つまり、恐竜をはじめ、当時の生物が自由に移動し、棲息できたことをこの地域の地層は物語っているのです。

白川村で恐竜の足印化石が発見された翌年、1990(平成2)年には、岐阜県恐竜化石調査団が結成されます。期間は3年、おもに大白川上流、尾神郷川上流の手取層群の調査が行われました。この調査により、当地の地質図がつくられ、恐竜の足跡化石がカギ谷層から発見されました。またその他、爬虫類の化石は曲がり谷と別山谷の合流点より下流で転石として採集、一つは歯の化石でクビナガリュウかワニの歯である可能性があります。もう一つは肋骨の一部ですが、動物種は不明。また、その他にカメの骨盤、魚類では硬骨類の鱗が見つかっています。

もしかすると、白川郷の地中にはまだ、これから発掘されるのを待っている太古の夢が眠っているかもしれません。

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