18
September
2015
by 二俣 慎弥

世界遺産20周年記念事業『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』報告

教育委員会事務局文化財係の二俣慎弥です。

世界文化遺産登録20周年の記念すべき年も半ばを過ぎさまざまな記念事業が開催されています。

9月12日(土)に記念事業の1つとして『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』を開催しました。案内人及び講師に早稲田大学名誉教授柿崎京一先生をお迎えし「日本文化の古層を探る」をテーマに、参加者26名と共に白川村北部を巡りました。今回は本ツアーの報告をさせて頂きます。

ツアーコースは鳩谷火葬場跡地 → 鳩谷八幡神社 → 嘉念坊道場跡地 → 善俊上人荼毗跡 → 小白川の積石塚群及び大ケヤキ → 芦倉八幡神社の順に巡りました。

鳩谷火葬場跡地
▲ 鳩谷火葬場跡地(写真は全てクリックで拡大します)

まず鳩谷火葬場跡地です。白川村には庄川べりに各地区の火葬場が多く設けてありました。現在の火葬場は白川村野谷にあります。

鳩谷八幡神社
▲ 鳩谷八幡神社

次は鳩谷八幡神社です。八幡神を勧請したのは14世紀ごろと推定されています。この鳩谷八幡神社は古来からの土着の信仰が随所にみられます。水分(みくまり)の神(自然神)の宿る霊地として信仰が深い神社です。

毎年10月16日,17日には、鳩谷のどぶろく祭がこの場で開催されています。私も鳩谷の住民として祭に参加しています。

嘉念坊道場跡
▲ 嘉念坊道場跡

こちらは嘉念坊道場跡です。嘉念坊善俊は美濃・飛騨に浄土真宗を布教し白川村に来ました。そしてこの嘉念坊道場を拠点に白川郷や五箇山地方(富山県)に教線をのばしていきました。現在の建物は再建されたもので、道場跡の上にあります。

善俊上人荼毗跡
▲ 善俊上人荼毗跡

その隣には善俊上人が荼毗に伏した地があり、鳩谷の門徒さんたちはこの荼毗跡を神聖地として積石塚(川石を積み上げただけのもの)を設け、善俊上人を現在も弔い続けています。周りには石塔が建ち並んでいますが、これは最近の事で、昔はこのような積石が周りに沢山ありました。

浄土真宗(親鸞の教え)は念仏を唱えているものは、死後は平等であり、みんな同じ所にいけますよという教えでした。つまり死後は皆成仏できるので、現世に帰ってきません。つまり石塔が必要ないという事です。柿崎先生はこの積石はそのかたちを表していると語っておられました。

小白川の積石塚群及び大ケヤキ
▲ 小白川の積石塚群及び大ケヤキ

そしてこちらが小白川の積み石塚群及び大ケヤキです。

昭和40年代までここが小白川区の共有墓地でした。野焼きした遺骨の一部をこの一帯に埋め、目印として石を積んでいました。そしてケヤキの根元に骨を埋めていました。柿崎先生いわく、これは樹木葬の原型だろうということでした。

巨大磐座と結界
▲ 巨大磐座と結界

最後は芦倉八幡神社です。この写真のように、巨大な岩の間に隙間があり、その隙間に山神を祀っていました。

この岩のことを磐座(いわくら)といい、この境には結界があるとされていました。境を通るという事は一度死ぬ事とされており、この隙間をくぐる際は死装束(白装束)を纏う必要がありました。山に入る事で山からエネルギーをもらい生き返る、これを往生(おうじょう)するというそうです。

『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』の様子ffffff『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』の様子
▲ 『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』の様子

以上の箇所を巡り、白川村の先祖(神)、依代、信仰とはなにかという事について学びました。参加者からは「こんな場所があるなんて知らなかった。」「また見たい」「とても楽しく、勉強になった。」等沢山の声を頂きました。

このツアーは白川村北部を中心に巡りましたが、10月3日(土)には白川村南部を巡るツアーを開催する予定となっています。(参加募集は終了しています)

世界遺産集落以外にも白川村にはたくさんの魅力的な資産があります。本ツアーで、白川村の魅力をさらに知って頂くことが出来たと感じ、とてもうれしく思います。柿崎先生は白川村のこれらの資産に触れることで日本人とは何かを知る事ができる、とその思いを語っておられました。

次回10月3日(土)の報告もさせて頂こうと思っております。

教育委員会では10月、11月にも記念事業を計画しております。この20周年記念の年に、是非とも白川村に足を運んでみて下さい。

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