13
October
2015
by 二俣 慎弥

世界遺産20周年記念事業『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』報告その2

教育委員会事務局文化財係の二俣慎弥です。世界文化遺産登録20周年も残すところあと半年の期間となりました。

先日、9月12日に記念事業として開催しました『白川遺産ツアー われらが巡る本物の白川村』をご紹介させて頂きましたが、今回は第2回目を10月3日に開催致しましたので、ご報告させて頂きます。

案内人及び講師に早稲田大学名誉教授柿崎京一先生をお迎えし「白川郷近代化遺産を巡る」をテーマに、参加者27名と共に白川村南部を巡りました。

ツアーは平瀬発電所→平瀬鉱山跡→御母衣ダム・発電所→遠山家の順に巡りました。

平瀬発電所
▲ 平瀬発電所(写真は全てクリックで拡大します)

まずは平瀬発電所です。庄川水系最初の電源開発がこの平瀬発電所(大正15年建設)です。

関西電力の職員の方のご案内で発電所の中を見学させて頂きました。普段入ることの出来ない場所という事もあり、参加者の興味を湧引いていました。

建設当時の平瀬区長であった坂本善兵衛が「これからは電力の時代になる」と、地元の反対の説得、業者との交渉を行い竣工されたことを柿崎先生はご紹介されました。

平瀬鉱山跡
▲ 平瀬鉱山跡

続いて平瀬鉱山です。現在坑口は閉ざされています。

平瀬鉱山では水鉛(モリブデン)を採掘していました。実物を手にとって頂くと参加者は興味深そうでしたが、柿崎先生が昔はここに沢山落ちていて子供が遊んでいたと説明すると、驚かれていました。

御母衣ダム・発電所
▲ 御母衣ダム・発電所

御母衣ダムでは(株)電源開発の職員の方のご案内で発電所の内部まで見学させて頂きました。

御母衣発電所は昭和35年に完成しています。当時、東洋一のロックフィルダムとして注目されていました。

建設に伴い水没した集落の事を柿崎先生は話され、参加者は当時の方々の思いを感じていました。

遠山家
▲ 遠山家

遠山家では、現在消滅した器機小屋についてご紹介しました。

また現在改修中である旧遠山家住宅も、外からではありますが見て頂きました。

柿崎先生は、この遠山家は大家族としても有名だが、ここには「養蚕の初期マニファクチャー 」があると言われていました。

ツアーの様子1(平瀬発電所)ffffffツアーの様子2(御母衣ダム 地下発電所)ffffffツアーの様子3
▲ ツアーの様子(上写真は平瀬発電所、左下は御母衣ダム 地下発電所)

以上のように、白川村に残っている近代化遺産を巡りました。白川郷は明治以降の国内幹線道路・鉄道交通網の発展から取り残され、相対的に交通不便な「陸の孤島」「秘境」と呼ばれていました。そうした状況の中、白川村南部から始まる近代産業の進展・創出により少しずつ改善されていきました。今回は現在操業中のものも含め、白川村南部の近代産業の足跡を巡りました。白川村発展の礎を見て感じて頂けたと思います。

今回が2回目の開催ということで、世界遺産20周年記念事業としての白川遺産ツアーは終了しました。参加者の皆様には「白川の産業を知ることができた」、「普段よく訪問する白川村だが、目線が変わりとても楽しかった」など多くの声を頂き、白川村の世界遺産集落以外の魅力をお伝えできたことと感じております。

今後の開催については不透明でありますが、参加者からは是非とも続けて欲しいとの声もあがっております。白川村を知って頂き、また足を運びたいと思う村にしていければと思っています。

今回ツアーの開催にあたり、柿崎先生をはじめ、白川村の方々、関係者の方々、施設をご案内して頂いた関西電力株式会社様、電源開発株式会社様には、快くご協力頂きましたこと心より感謝申し上げます。

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