”おみそ”の効能 
                                       校長 大坪 辰也

 「今はこんなに明るくしておっても大丈夫やけど、昔はこんなふうに電気をつけておくことはまずなかったんやよ。」 これは、私が小学校1年生の時に教えられた言葉です。
私のおばあちゃんからでした。夜寝る時に“まんが日本むかしばなし”を何度も読みふけっていた時に、そっと教えてくれたのです。本当にいろいろなことを教えてもらいました。

 小学生の頃、実家の電気は居間と“でい”にだけ蛍光灯があり、夜でも明るく照らしていました。一方寝床は“はだか電球”。そのはだか電球を消そうとした時、「戦争時は、明かりが漏れるとそれが目印となり爆弾を落とされるかもしれんで、電気を消すか電球の上半分に“すす”をつけて黒くし、なるべくわからんようにしとったんや。」と、静かに話してくれました。昼間には「爆撃機はちょうど黒山(私の地元の山)の上を南から北に向って飛んで行った。」とも。ちょっと怖いなあ、その場にいたらどうしただろうって、子どもながらに感じていたのを覚えています。

 小さいころ遊び盛りだった私は、学校から帰るとすぐに、「おなかすいたあ。なんかない?」と家にいるおばあちゃんの元へ弟と駆け寄りました。するとたんすの引き出しから袋を取り出し、何やら硬そうなものをお椀の中へ入れました。そのまま食べても少し甘さを感じましたが、いかんせん硬くて中々すんなりと食べきれませんでした。
 しかし、おばあちゃんは違いました。お湯(お茶だったかもしれない)をお椀に少量注ぎ、箸で混ぜ始めました。するととろみも加わり、すすッと口の中にかき込むことができ、そして何よりも甘さが増したかなあって思いました。
 おばあちゃんの知恵袋みたいでした。(しかし、今になってもそれが何だったのか思い出せません。母親に聞いても思い出せずにいます。もし「これじゃないかしら。」と思われる節がありましたら、校長までお知らせくださいませ。)

 さらにある時、こんなこともありました。12月だったでしょうか。いろりこたつに足をずり込ませて、テレビを見ていたところ、「熱い!痛い!」と左足に衝撃が走りました。おばあちゃんが、“おきった炭”をこたつの中にくべようとした瞬間、私の左足甲が触れてしまったのです。
 熱い痛いと言っている私のそばには、何と、みそをわしづかみにしたおばあちゃんがおり、やけど個所を中心に優しく塗ってくれました。当時は瞬間冷却の物などありません。氷は冬だから冷蔵庫にはない
のです。“何でみそなんだろう?”と、不思議にも思っていましたが、自然と熱さや痛みは、スーッと和らいでいきました。
 そもそも「いろりこたつにずり込み、足を横着にも自分だけ伸ばしていたこと自体が悪い」と父親に諭されました。その一方でおばあちゃんは、ずっと涙を浮かべて「ごめんなごめんな、やけどの跡が残らんかな」と心配そうに、話しかけていました。
 寝床に行き布団に入ったときは少しだけみそのにおいがしたけど、痛みなどはほとんどありません。けれども、おばあちゃんは私を心配するあまり、その夜は私の布団の横に座って一睡もしなかった…ということを後から知りました。

 月日が経つのは本当に早いものです。祖母が他界してから20年近くになります。先日素足になり、足をもんでいたら、ほんの少しだけやけどの跡が残っているのを見つけました。同時に“おみそ”の効能とおばあちゃんとの会話を懐かしむかのように、ゆっくりと足をさすりながら、このようのことを思い出した9月の休みの日でした。